子どもの発達は、心理学・生物学・統計など、いろいろな切り口で見ることができます。
今回はその中でも脳科学(とくに脳の成熟のしかた)に少し寄せて、「乳幼児期に大切にしたい土台」について整理してみます。
先にひとつだけ。脳科学は「これをすれば必ずこう育つ」と断言できるものではありません。
ただし、脳は領域ごとに成熟のペースが違い、乳幼児期は一生のうちで最も「基本機能の回路づくり(シナプス形成)」が速く進む時期であることは、幅広い研究から支持されています。(※1)
目次
1) 「部位ごとの成長」について
「乳幼児期に小脳が完成する(ゴールデンエイジ)」といった言い方を目にすることがありますが、正確にはもう少し複雑です。
確かに小脳は、生後数年で劇的に容積が増大します。しかし、その後の回路の整理や成熟は、児童期〜思春期にかけても長く続くことが示されています。(※2)
つまり「幼児期に全てが決まる」わけではなく、「この時期に爆発的に作られる土台がある」と捉えるのが正確です。
また、脳幹は呼吸・心拍・覚醒など生命維持に関わるため、出生直後から非常に重要な働きを担います。(※1)
乳幼児期は、脳全体としては髄鞘化(ずいしょうか=情報の伝達速度を上げる回路の工事)が、感覚野や運動野を中心として急速に進む時期でもあります。(※3)
2) 乳幼児期に「土台」になりやすい3つの力
脳科学の知見を踏まえると、乳幼児期は「高度な先取り学習」よりも、次のような脳の土台(OS)を整えることが大切だと考えられます。
体の基本的な調整
睡眠と覚醒のリズム、呼吸や心拍、体温調節など(脳幹ネットワークを含む生命維持機能)(※1)
運動の基礎
姿勢の維持、バランス感覚、協調運動(別々の動きをまとめる力)、手先の操作など(小脳ネットワークが深く関与)(※1)
情動・注意・言語の"下支え"
近年の研究で、小脳は運動だけでなく、情動コントロールや言語処理といった「高次機能の調整」にも関与することが分かってきています。(※4)(※5)
ただし「○○運動をすれば言語野が直接育つ」と短絡的に結びつけるよりは、
「体がスムーズに動かせ、情緒が安定している状態が、結果として言語や知性の発達を支える」という整理の方が科学的に安全です。(※5)
こうしてみると、乳幼児期のゴールは「何かを早くできるようにする」よりも、「よく動き、よく眠り、安心して落ち着ける」という土台に置く方が、脳科学としても筋が通ります。(※6)
3) 乳幼児期に、特に意識したい関わり方
① 自由に体を動かす経験(いちばん優先)
乳幼児期は、「運動そのものが目的」で十分価値があります。
WHOのガイドラインでも、1歳〜4歳は日中合計180分以上の身体活動が推奨されています(年齢に応じて、中・高強度の活発な遊びを含む)。(※6)
特定のスポーツの動き(型)を教え込むよりも、公園や室内で「登る」「くぐる」「押す」「引く」「投げる」「回る」など、多種多様な動きを含む「遊び」が増えると良いですね。
また、活発な身体活動は幼児期の認知機能(実行機能など)にプラスの関連が示唆される研究もあります。(※7)
② 睡眠(生活リズムを整える)
睡眠は、脳の休息だけでなく、記憶の定着や日中の機嫌・注意・行動のコントロールに直結します。
就寝前のスクリーン回避や、寝室に端末を持ち込まないといった工夫は、小児科の推奨として広く示されています。(※8)
※「就寝1時間前は絶対に厳禁」と親がピリピリするよりも、「睡眠や機嫌が崩れているときに、最初に見直す優先項目」として捉える方が、持続可能であり科学的にも適切です。(※9)
③ 身体接触(抱っこ・ハグ・肌と肌のふれあい)
「抱っこで特定の脳部位が肥大する」とは断言できません。
ただ、親子の身体接触(とくに肌と肌のふれあい/スキンシップ)が、オキシトシン系などを介して子どものストレス反応を鎮め、生理的な安定(心拍や呼吸の安定)にプラスに働くことは示されています。(※10)(※11)
ここで大切なのは「刺激で脳を良くする」ことより、「安心安全な基地(セキュアベース)を作る」という視点です。
④ 言語・リズム・やりとり(サーブ&リターン)
小脳や大脳のネットワークを育てるのに、乳幼児期に最も効果的なのは、一方的な刺激(テレビや教材の流しっぱなし)よりも、大人との"やりとり(往復)"です。(※5)
ハーバード大学発達児センター等はこれを「サーブ&リターン」と呼んでいます。
読み聞かせや歌、会話において、正解を教えることよりも「子どもの反応に大人が気づいて返す → 子どもがまた反応する」というキャッチボールの回数が増えることが、脳の回路形成にとって重要です。
4) 発達を邪魔しやすい要因
① 体を動かせない時間が長い(拘束・座位が多い)
バウンサーやベビーカー自体が悪いわけではありません。
ただ、起きている時間に長時間の拘束(座りっぱなし)が続くと活動量が減ってしまうので、1日の全体としてバランスを取ることが推奨されます。
WHOも「身体活動・座位行動・睡眠」を24時間のセットで考え、拘束される時間を減らす方向を明確にしています。(※6)
② 慢性的な睡眠不足/不規則
睡眠が質・量ともに崩れると、脳の司令塔(前頭前野)がうまく働かず、日中の情動調整(癇癪など)や注意持続に悪影響が出やすくなります。
就寝前スクリーンを含む睡眠衛生(スリープ・ハイジーン)は、小児科学的に非常に優先度が高い項目です。(※8)
③ 支えの少ない強いストレスが続く("毒性ストレス")
ストレス自体がすべて悪いわけではありません。成長には適度なストレスも必要です。
ただ、「守ってくれる大人の支えがない状態」で、強いストレスに長期間さらされ続けること(いわゆる毒性ストレス)は、脳の回路形成や免疫・代謝系にマイナスの影響を残しうる、と整理されています。(※12)(※13)(※14)
「安心できる大人がそばにいること」が、子どもの脳をストレスから守る最大の防御壁になります。
5) 習い事・スポーツは「一律に遅らせる」より、負荷と目的の整理を
「習い事やスポーツは6歳以降が良い」と一律には言い切れません。乳幼児期でも、遊びの延長として体を動かすこと自体は強く推奨されています。(※6)
注意が必要なのは、早すぎる段階での「過度な専門化(単一競技への特化)」や「勝利至上主義的な高負荷」です。
遊びの要素を排除した早期の専門化(英才教育的なドリル)は、オーバーユースによるケガや、燃え尽き症候群(ドロップアウト)のリスクを高めることが示されています。(※15)(※16)(※17)
幼児期は「ひとつの動きを極める」よりも「いろいろな動きを楽しむ」時期と捉えるのが良いでしょう。
おわりに
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
乳幼児期は「スキルの先取り」よりも、「よく動ける・よく眠れる・安心できる」という土台づくりこそが、将来の学びや運動能力にとって、とても大きな価値(投資)になります。(※6)
完璧を目指す必要はありません。できる範囲で、少しずつ環境を整えていけたら十分です。
エビデンス一覧
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(※1) Neuron 総説:小児の脳発達(構造・機能の成熟) https://www.cell.com/neuron/fulltext/S0896-6273%2810%2900683-5
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(※2) 小脳の発達:児童期〜思春期までの成熟(レビュー) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2775156/
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(※3) 中枢神経の髄鞘化の順序(古典的知見) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/3367155/
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(※4) 小脳の社会認知・情動・言語など(レビュー) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10655230/
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(※5) J Neurosci:小脳の認知・情動機能に関する総説 https://www.jneurosci.org/content/43/45/7554
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(※6) WHO:5歳未満の身体活動・座位行動・睡眠ガイドライン https://www.who.int/publications/i/item/9789241550536
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(※7) 幼児の身体活動と認知/実行機能の関連(レビュー) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26197943/
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(※8) AAP:スクリーン使用と睡眠(睡眠衛生の推奨) https://www.aap.org/en/patient-care/media-and-children/center-of-excellence-on-social-media-and-youth-mental-health/qa-portal/qa-portal-library/qa-portal-library-questions/screen-time-affecting-sleep/
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(※9) 幼児の就寝前スクリーン使用と睡眠(レビュー) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11581737/
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(※10) Skin-to-Skin Contact とストレス調整(レビュー) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8124223/
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(※11) Skin-to-Skin Contact の系統的レビュー https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9150851/
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(※12) Harvard Center:毒性ストレスと脳発達(PDF) https://developingchild.harvard.edu/wp-content/uploads/2024/10/Stress_Disrupts_Architecture_Developing_Brain-1.pdf
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(※13) Toxic stress の影響・予防・介入(レビュー) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4928741/
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(※14) 早期逆境・毒性ストレスと健康/発達(レビュー) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33497247/
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(※15) 若年アスリートの専門化・高負荷のリスク(議論) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27573090/
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(※16) 早期専門化のコンセンサス(AOSSM) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4853833/
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(※17) IOC:Youth Athletic Development コンセンサス(PDF) https://stillmed.olympics.com/media/Documents/Athletes/Medical-Scientific/Consensus-Statements/2015_youth-athletic-development.pdf

